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モハメド・アリが亡くなった。1990年代前半のニューヨーク、シェラトンホテルの前で車椅子のアリを見かけたことがある。行き交う人々が丁寧にアリに声をかけ、偉大なるチャンプに敬意を示していた。アメリカ人ってこういうところが偉いなー。

f:id:Shimabanana:20160605123957j:plain:right:w250そのアリの死も知らず、わたしは西荻一箱古本市トークショー 『なぜレインボーブックスは200回も一箱古本市に出店したのか?』で笑いまくっていた。寺山修司を思い出させるイントネーションのレインボーさんのやや暴走ぎみの語りに、関西弁一箱古本市芸人の散歩堂さんがおっとり切り込む。共におカタいビジネスマンであることが嘘のように、笑わせることが大好きなサービス精神の塊のお二人。いやはや面白い。それにしても古本と釣り銭を準備して、重たい本をかついで年30回以上も古本市に参加するレインボーさん、尊敬します。
トークショー後に少しだけ開催されたレインボーさんの201回目の古本市で、D・Hロレンス『虹』(昭和23年刊)をジャケ買い

夜は旧友と会い、四川料理のあと、ダイキリギムレット。さすがにおなかがびっくりしたようで夜中に胃痛。連日の食べ過ぎ飲み過ぎを身体が注意してくれたんだと気づいたけれど、まったく眠れない。
布団の中で思い出したのが、朝、NHK教育の「仏法を生きる」で大阪の歌人 西川和榮さんが言っていた、「思い通りにならないこと、うまくいかないことが仏様のお慈悲なん。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱える機会を与えてくだはってるんや。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏をただ唱えれば、何万個の毛穴から染み入り、五臓六腑が喜ぶ」ということ。胃薬を飲んだあとに、藁をもつかむ思いで唱えてみた。自分らしくない行いだけれど、いろんなことが、しかたないやと思えてきた。
一緒に住んでいたおばあちゃんも、何かにつけて「なんまんだ、なんまんだ」とつぶやいていた。わたしはそれが辛気くさくて嫌だったけど、おばあちゃんにも心配事や煩悩や思い通りにならないことがあったんだよなとわかっただけで、少しだけ気分が軽くなった。