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ヴィヴィアン・マイヤー

阿佐ヶ谷散歩から戻り、見逃してしまったドキュメンタリー映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』をDVDで観る。ヴィヴィアンが1950年から90年にかけてニューヨークやシカゴ、フランスで撮影した膨大な写真は、一気にその時代のその場所に引き戻す力があり、繰り返し見たくなる。ロバート・フランクダイアン・アーバスを思い出す写真もあるけれど、ものすごい才能。切り取った人物の人生まで写しとっているし、悲哀、闇、ユーモアだってある。シカゴの青年歴史家ジョン・マーロフが老女の遺品を数百ドルで買わなければネガもゴミとして捨てられ、世に出ることもなかったと思うとぞっとする。ヴィヴィアンの写真を知っただけで喜ばしいが、マーロフは彼女のルーツや素顔を追い求める。それはヘンリー・ダーガーの生涯を思い出させて切なくなる。ヴィヴィアンは乳母としてさまざまな家族と接してはいるけれど、変人で想像を絶する孤独に生きたということで二人は近い。孤独があれだけの創造を生んだという、孤独の力を思い知らされはするけれど、やりきれなくて、冷え冷えしてくる。
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録画してあった「トットてれび」も観る。今回はトットちゃんと向田邦子が一緒に過ごした時がどれだけ心地のいい、大事ななものだったのか。そのことが伝わってきた。でも35年前の夏の事故をふりかえるのはやっぱり辛すぎる。短い放送時間の中で向田さんにまつわるいろいろなことを匂わせて、脚本もさすが。

姉の愛犬が脊髄梗塞で歩けなくなったという。犬は時々、ソファや階段の影で泣いているという。姉や姪をなぐさめてくれるいい子なのに。どうしてこうなるんだろう。現実を受け入れるのはたいへん。詰まった血管とは違う血管が育つことがあるというお医者さまの言葉に望みをかける。