静かにお正月を迎えました。

本年もどうぞよろしくお願いします。

29日に長姉を見舞い、元旦は施設の義母と数時間過ごしてから、94歳の夫の叔母の家でお正月を祝った。
見舞う長姉がいるから故郷を訪れる機会があり、義母や叔母がいるから親類で正月を祝うことができる………そうしたありがたさが年々ひしりひしりと重たさを増す。

去年のお正月は挫折から立ち直れないでいた。大きな挫折だった。そんな私なのに、久しぶりの方やら初めての方からお仕事をいただき、3冊の単行本に関わらせていただいた。まだ仕事を続けていいんだよ、そんなことを天から囁かれたようで嬉しかった。

今年の心境は、綱渡りの心細さ。
長く生きてきてようやく気づかせてもらった弱点を改善しなければ先には行けない。
のんきな性分だから改善は仕切れないんだろうけれど、
緩めすぎずに気を引き締めて前に進もうと決心はした。



煮しめ、だし巻き、金柑煮、花豆煮、栗きんとん、ローストビーフと張り切って作りました。でも急激に頑張り過ぎてやや風邪気味。
無理は効かないお年頃を実感しつつ、今年は段取り良くやりましょう。
2018年のおせちは、もう少し凝ったおせち料理を加えるのが目標。
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夏至南風

 夏至南風(カーチバイ)の影響で高波になることが多くて、高速船が出るか出ないかはらはらする梅雨明けの波照間島行きも、今年は晴天に恵まれてすんなり。強い光線のおかげで空も海もこの世のものとは思えない色彩で出迎えてくれた。空気が甘くて、普通にしていても深呼吸ができる。車も人も少ないせいか、深々といつまでも眠れることができる。必ず帰りたくなくなる。でも、この紫外線が強い島での生活は厳しいことも容易に想像がつく。自然に逆らわず、知恵をもって共存しているから地元の人は、賢く、飾らず、素のまま。だからここに来ると心が洗われる。

   波照間島の南には、さらに南波照間島(パイパティローマ)があると信じられていて、人頭税に苦しんだ島民の中にはその島を目指して島から出ていった人がいたそうだ。美しいことと辛いことが同居する暮らし。ダレきった今の私には想像を絶する。 
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   旅行疲れか出た体を引きずって中央区のとある老舗に伺い、86歳になる大旦那から戦後復興の話を聞く。終戦の時には16歳だったという。エンジン音を聞くだけで敵機の機種がわかってしまう航空機マニアの秀才は、軍国少年だった。天皇陛下のために死ぬことがちっとも怖くなかった。敗戦を迎え、食べることに精一杯で、どうやって生きてきたのか思い出せない。30歳になって哲学的に考えるようになり、それまでの自分は、生きていながら生きていなかったも同然だったことに気づいたという。そして、さまざまなことがあり、今があるから人生は面白いと明るく淡々と話される。聞いていて涙腺が緩んでしまった。  
  
 

姉のお見舞い。目を大きく見開いていた。突然訪れたゆみちゃんとわたしを見て、目をさらに見開く。かなり驚いている様子。口を動かしているせれど、声が出なくて、わからない。こっちから今日の日にちとか天気とかを伝えると静かになった。どんな気持ちなのか。以前より穏やかな感じがする、姉がここでがんばっているから兄もがんばれる、いろいろ言う人がいるけれど、すべてて憶測。姉本人にしかわからない。
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茅ヶ崎に行き、正蔵師匠の「薮入り」と、つる子さんの「短命」。少し早く出たおかげで、つる子さんと言葉を交わす。正蔵師匠とは違う個性が光り、将来が楽しみ。
週が始まり、向田和子さんと打合せ。ご自分ではくだらないことばかり覚えているとおっしゃるけれど、さすがに姉妹、畳の目を拾うような記憶力には脱帽する。幼い頃から誰より頼りにしていた姉が、まだ53という年齢で、仕事の最盛期に、飛行機事故で消えてしまうというのは、考えただけで耐えきれない。和子さんにはそれを乗り越えて、姉の残した著作をまもり、世に生かすという覚悟が見える。
わたしも現実逃避せずに生きていこう。

ゴールデンウイーク前から携わっている本の初校がすっきりと終わった。装丁もものすごく楽しみ。校正は不得意なんだけれど、姉が言ってくれた「失敗したらどうしようとおじけづくから、失敗を引き寄せる。どーんとしていれば大丈夫」という肝っ玉のアドバイスに助けられた。

 今週は日本酒にまつわる3つの会に参加。高嶋酒造高嶋一孝社長による「蒸し燗提唱」セミナー、荻窪いちべえでの「新政」の会、そして山本洋子さんによる「地域食材×純米酒 Vol.8大豆」。

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昨年はご自身のこ病気でいらっしゃられなかった新政の祐輔社長が今年はいらして、昨年亡くなったいちべえの桂馬社長への想い出を述べられたのが胸に沁みた。荻窪いちべえが祐輔社長の日本酒の学校であったというのは、私にとっては嬉しい話。
スター杜氏である祐輔社長についついサインをもらってしまったが、ファンサービスはいいので、日本酒の造りだけに専心して欲しい。祐輔社長、高嶋社長、洋子さんは日本酒の世界の宝物だから。

相模灘を望む伊豆半島の高台。光線とともに移ろう風景に身を預けながら、2日間のロングインタビュー。
濃密な内容に好奇心が満たされながらも、集中し過ぎで頭がパンパン。

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「道を見つけるまではどんなに時間がかかってもいい。ひとたび道を見つけるたら、突き進みなさい」

浜田庄司の言葉通りに生きる人が眩しい。


山口小夜子

阿佐ヶ谷のもう一つの映画館、前から気になっていたユジク阿佐ヶ谷。ロビーの黒板ギャラリーがいい感じ。この時の絵はスズメさんが描いたという。お目当て「氷の花火 山口小夜子」(松本貴子監督)を観る。
「もう今日で最後にしようと思うんだけれど、また、観に来ちゃった。7日連続よ。麻薬みたい」と、ヒョウ柄のショートパンツスーツを着たおしゃれなおじさまが連れのおばさまたちに語りかけている。小夜子さんの知り合いらしいことが会話からわかる。

膨大な遺品の箱を杉野学園の後輩たちが開けて分類するところから映画は始まる。偉人の遺品には力がある。
ランウェイを歩くことについて、30代の小夜子は「自我をなくして、空っぽになれば、どうすればいいか服が導いてくれる」と言っている。
友人だった立花ハジメの「宇崎竜童さんとか、板前のような人が好きでしたね」というコメントが面白い。
カンサイ、ケンゾー、ディオール、サンローランなど多い時は15のメゾンからオファーを受けてパリコレに登場した小夜子。セルジュ ルタンスがクリエイトした資生堂の広告で完璧な美を表現する小夜子。
そこまでは知っていたけれど、小夜子に憧れ影響を受けたデザイナーや写真家が少なくないことに驚く。ケイタマルヤマとかゴルチエとか、フォトグラファーの下村一喜とか。
ミューズってほんとうにいるんだな。KENZO 2004-2005AWパリコレ、50代半ばの小夜子がランウェイで踊る映像には震えた。映像の中のパリコレの会場でも「サヨコー」って声がかかっていた。観客も感動していたに違いない。それくらい空気を一変する力を持っていた。
90年代、青山ベルコモンズ前のベンチでくつろぐ小夜子を数回。そして、勅使河原三郎と共演した舞踊の舞台で小夜子を一回。ミューズを目撃したのは私の中の事件だったのかも。

助六

 義母の通院に付き添う日。タクシーのなか、買い物にもテレビにも興味を失った義母との会話のテーマがなかなか見つからない。何か食べたいものはあるかと尋ねると、「おいなりさん」とめずらしく張りのある声が返ってきた。そうそう、「助六」が好きな人だったんだ。「かんぴょう巻きも?」と聞くと、「いいね」と短く応える。「ウチの父親もかんぴょう巻きをよく食べるんですよ、若い頃は見向きもしなかったのにね」と饒舌な女性タクシードライバーのが何かにつけて口を挟んでくる。ちょいとめんどう。義母との別れ際、「今度はおいなりさんを持ってくるね」と言うと、「太巻きもいいね」とちゃっかり末っ子気質を見せてくれた。
 外苑前から歩いて某社へ向かう。日本青年館も明治公園もすっかり取り払われ、空が広くなったけど、神宮外苑の森の神秘な感じも薄れてしまった。
 打合せが押して少し遅れての「吉坊 一之輔二人会」(日本橋公会堂)。きいち「寄合酒」、吉坊「七段目」、一之輔「百川」、中入り後、一之輔「臆病源兵衛」、吉坊「次の御用日」。吉坊の「七段目」は、「型」が美しく、見惚れさせてくれる。一之輔はどちらのネタも大笑い。特に「百川」は完成度高し。
 f:id:Shimabanana:20160614104749j:plain:right:w250久しぶりにヤッチェルも見に来る予定なのに会場に姿がない。残念だったねとチャーリーと話しながら打ち上げの店を探していると、大きな声が聞こえてヤッチェルが追いかけてきた。よくぞ見つけてくれました。三人で飲むのは久しぶり。店に入ってヤッチェルの頼んだものは、「お新香巻き」。「オレはお新香巻きが好きなんだよね」。ややっ、今日は「助六の日」だな。2軒目はヤッチェルの知り合いがやっている人形町の「うぽっぽ」。気になる店名は江戸語で「のんきな様子」の意味とのこと。店主セレクトの日本酒が非常に個性的。あまり見かけないラインナップだ。私は栄光酒造の松山三井、山崎合資会社の奥、山口県はつもみじの原田をいただく。